デヴィッド・リンチ監督『マルホランド・ドライブ』をアップリンク渋谷で観てきました。
映画に造詣の深い樺沢紫苑さんが最も好きな監督は、デヴィッド・リンチ監督だそうです。
この映画は、樺沢さんがご本人の映画歴代ベストテンに入ると広言しているものです。
樺沢さん曰く、「難解で、それでいて甘美な映像世界」に圧倒されました。
レビュー記事を書きます。
『マルホランド・ドライブ』予備知識なく素で見ての感想
上映時間は2時間半。観る前は長いのではと思いましたが、あっという間にエンディングを迎えました。
前半は、ハリウッドデビューを夢見るベティが、自動車事故で記憶喪失になった黒髪の女に対して、献身的にその記憶を取り戻そうとするドラマが繰り広げられます。
並行して、ハリウッドで主演女優の座が黒幕の手によって決まっていく不条理と、それに従わざるを得ない映画監督のどん底への転落が、誇張過ぎるほどの表現で展開されていきます。
黒髪の女の記憶をたどっていくうちに、黒髪の女が思い出した名前の住所を突き止めると、そこには遺体となった女性の姿が。
その後は、黒髪の女とベティとの同性愛シーンから、イリュージョンと呼ばれる幻想的な舞台へと急展開していきます。
黒髪の女が持っていた青い鍵で開けた箱に吸い込まれた後は、黒い髪の女とベティがそれぞれ別の女性としてハリウッドで生きる姿が現れます。
最後は、前半はベティだった女性が、自殺を図るシーンへとつながっていきます。
めまぐるしく変わっていくストーリー展開に引き込まれて、あっという間に映画が終了しました。
前半部分と後半部分の関連性はまったくわからず、頭にはモヤモヤ感がたっぷりと残りました。
その後解説を聞いてからの感想
その後で、樺沢紫苑さんの解説をリアルで聞くことができました。
実は後半部分が現実のストーリーで、前半部分は自殺した女性が思い描いた幻想だったのです。
前半部分にあまりにもリアルな描写が続いたので、僕は逆だと感じていました。だからつじつまが合わずにモヤモヤ感が残ったのです。
映画監督がボロボロになるまで没落していく場面に、多くの観客が爆笑していて少し違和感を覚えました。それは、幻想とはいえ、ここまでやるか、という理由だったのです。僕はリアルに見えていたので、そのときはどうして笑えるかわかりませんでした。
幻想のベティとリアルのダイアンは同じ女優が演じていましたが、映画の中では別人に見えました。顔が違って見えたのです。
内面が違えば、外見も違って見えるということを改めて実感しました。
その他に、食堂に出てくる若者、カウボーイ、ホームレスなど、ところどころで象徴的に出てくる人物がいますが、それについては解説を聞いてもまだピンときていません。
もう一度観ることでまた多くの発見があるはずです。
『マルホランド・ドライブ』まとめ
不思議な映画を観たというのが率直な実感です。
なぜ、観客にここまで考えさせる、難解なストーリーにしているのでしょう。
とにかく、もう一度見るしかありません。
2回目に観たレビューは続きをどうぞ。(ネタバレ注意)