私たちが感じている「時間」の感覚は「帯」状です。
それはイリュージョンだったのだとわかりました。
「時間」とは「瞬間」の連続です。
「瞬間」が「いまここ」です。
今回のセミナーで、どうすれば「いまここ」にいることができるのかを学ぶことができました。
「時間」の感じ方
倉園佳三さんは、多くの人は「時間」を「帯」状の形でとらえていると、解説しました。
よく、「終わりよければすべてよし」といいます。
終わりさえうまくいけば、途中にどんなにつらいことがあったとしても、「帯」全体を美しい思い出として解釈してしまいます。
逆に失敗に終わった場合は、途中にいくら楽しい思い出があったとしても、それは薄れてしまいます。
同じように「時間」の「帯」を未来に伸ばすとき、私たちは、終わりの状態を良くすることを目指します。
それが未来への目標であり、ゴールです。
終わりを良くするためには、途中は苦しく、つらい道のりであり、我慢しなければならないものになります。
「時間」を「帯」状でとらえることによって、「時間」はゴールを目指すための「手段」になってしまいます。
「手段」となった「時間」は、むだにしてはいけない、さぼってはいけないという概念を生み出します。
「時間」の「帯」はイリュージョン

私たちは、過去も、未来も、本当はないにもかかわらず、今ここにあるかのように、連続した景色として思い浮かべることができます。
これは、人の視覚のなせる技であると、佐々木正悟さんは解説しました。
人の視覚はあまりにも複雑で高機能であるため、それがイリュージョンであると気づくことが難しいのです。
過去も未来も、今ここにはありません。
「時間」の「帯」は頭の中にしか存在せず、実際にあるのは「瞬間」の連続です。
「瞬間」が「いまここ」です。
「パターン化」をやめる
私たちは、近い将来については、予測できると考えています。
過去に起こったことが、未来にも同じように起こるだろうと予測するのです。
新しい職場に異動したとき、私たちは、新鮮な気持ちで、緊張感を持ちながら、仕事を行います。
私たちは、初めてのことを行うことは、判断するためのコストがかかると信じています。
経験が積み重なって、ある程度慣れたと感じたとき、「パターン化」が起こります。
倉園佳三さんは、この「パターン化」もイリュージョンであると解説しました。
パターンに沿うものだけを見て、それ以外のものを見ないようにするのが「パターン化」されたふるまいです。
実際はパターン通りのことは何一つ起こっていません。
自然の姿は1日たりとも同じではありません。
ぼくは毎朝川沿いの同じコースをジョギングしています。
セミナーを受けた翌朝も同じコースを走っていて、今日と昨日の川と空の情景は明らかに違っていると突然気づきました。
仕事や日常生活においても、昨日と今日は違うという意識を持っていれば、違いに気づくことができます。
これを倉園佳三さんは、「解像度」を上げてものを見ると表現しました。
コロナ以後の時代は「先行きが不透明」と言われています。
こういうときこそ「解像度」を上げて、いま起きていることを見ることが必要になります。
嗅覚のように視覚を使う
嗅覚の機能は、視覚に比べて単純です。
感じている匂いがイリュージョンなのかどうかは、視覚に比べると容易に気づくことができます。
視覚は複数の情報を並列的に扱っていて、多くの処理は無意識に行われています。
一方、嗅覚は視覚のようにマルチタスクではないので、能動的に情報を取りに行くことで、微妙な匂いに気づくことができます。
佐々木正悟さんは、鼻で匂いをかぎにいくように、目を使うことを薦めました。
それによって、解像度を上げて「いまここ」で起きていることを正しく見ることができます。
「ゆっくり」、「ていねい」にやる
倉園佳三さんは、いつでも「いまここ」にいるためのノウハウや、トレーニングをいくつも紹介しました。
その中でもぼくが一番心に残り、取り入れたいと思うのが「ゆっくり」と「ていねい」にやるという方法です。
私たちは、いつも時間を気にしながら、仕事をいかに早く終わらせられるかを考えています。
「ゆっくり」と「ていねい」にやるとは、終わりを意識しない仕事の進め方です。
まとめ
今回のセミナーに参加して、未来に対して漠然と感じていた不安や恐れが薄れました。
未来に対する不安の原因は「時間」に対するイリュージョンが関係していることがわかりました。
「いまここ」にいるためにはどうすればいいかを、あらゆる角度から考えることができました。
倉園佳三さんのブログ記事では完全に理解ができなかったことが、ライブで聴くことで腑に落ちました。
まずは「ゆっくり」と「ていねい」にやることから始めます。
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