閾下知覚とは、自覚のない「見えた」、「聞こえた」などの知覚です。
この閾下知覚は潜在知覚ともいえます。
この閾下知覚によって、私たちの行動や判断は影響を受けるのか、という問いがこの講のテーマです。
カクテルパーティー効果と前注意過程
「カクテルパーティー効果」とは、パーティーで人の輪の中で談笑しているとき、背後の別のグループの会話に自分の名前が出ると、突然それが聞こえて、そちらの会話に注意が向いてしまうという現象です。
これは「前注意過程」という、自覚のない知覚処理がバックグラウンドで働いていると考えられています。
サブリミナル・カットとサブセプション
「サブリミナル・カット」とは、映像の中に、見ている人が気づかないくらい短いカットを入れておくと、そのカットに影響を受けてしまうというものです。
映画の映像の中に3ミリ秒だけ、「コークを飲もう」、「ポップコーンを食べよう」などのメッセージを入れると、映画館でのコーラの売上が58パーセント、ポップコーンの売上が18パーセント増加したといいわれています。
「サブセプション」については、皮膚電位反応(GSR)を指標とした研究が有名です。
被験者に対して、無意味なアルファベットのつづりを呈示する中で、あるつづり(ネガティブ語)では電気ショックを繰り返すことで、そのつづりに対して古典的条件づけ(反射的な反応)が成立します。
つまり、ネガティブ語に対して、反射的に恐怖の反応が生じるようになり、GSRが現れます。
次に、つづりの呈示を瞬間的にして知覚しづらくします。
つづりがネガティブ語か中立後か、それを正しく認知したかどうか、それぞれのときに、GSRがどうなったか調べました。
呈示した語 | 何と認知したか | GSR |
ネガティブ語 | ネガティブ語 | ◎ |
中立語 | 中立語 | ✗ |
中立語 | ネガティブ語 | ◎ |
ネガティブ語 | 中立語 | ○ |
GSRは、呈示されたつづりがなんであっても、ネガティブ語であると認知したときに強く現れました。
それに加えて、ネガティブ語と認知できなかった場合でも、GSRが現れました。
この結果は、本人の主観的な知覚とは別に、ネガティブ語に対する潜在的な認知があって、皮膚反応が呼び起こされたと考えざるを得ません。
注意の二過程説
単語などの認知情報処理には二種類の過程があります。
そのひとつは自動的で無意識的ですばやく、抑制の効かないプロセスです。
もうひとつは、意識的で意図による制御が効くが、遅くて処理容量に限界があるプロセスです。
言語的なプロセスだけでなく、より広い知覚一般についても、このような二過程説が成り立つこともわかっています。
見えていなくても特徴はわかる?
ある単語(プライム語)を瞬間的に呈示した直後に、マスキングと呼ぶ、別の強い視覚刺激の呈示を行って、その後に続いて呈示される単語(ターゲット語)の認知・判断を調べる実験を行いました。
マスキングは、前に呈示した語を見えなくする効果があります。
プライム語とターゲット語の関係には意味のつながりを持たせてあり、Body → Arm 、Doctor → Nurse などといった具合です。
マスキングを行って、プライム語が見えたという意識をなくしても、プライム語とターゲット語の間に意味の関連があると、認知・判断は促進されることがわかっています。(プライミング効果)
さらに、マスキングの時間を操作し、下記3つの課題を求めました。
- プライム語があったかなかったか
- ターゲット語がプライム語と似ているか否か
- ターゲット語が意味的に似ているか否か
3つの課題の難易度は、常識的に考えて、3→2→1の順に難しいと考えられます。
しかし、驚くべきことに結果は逆でした。
これについて、下條信輔氏は以下のように解説しました。
視知覚機能には、大きくふたつあり、ひとつは検出と定位に関する機能、もうひとつは対象の特徴の分析と認知に関する機能です。
それらは脳内の神経経路として独立のもので、並列的に働いているのです。
無意識の視覚とは、「見えたか」、「見えなかった」だけではありません。
複数の種類の知覚で成り立っていて、これを知覚の「複数過程説」と呼びます。
まとめ
「視知覚の情報処理の大部分は、われわれの意識にとってアクセス不能であり、われわれはたかだかその処理の結果(出力)を知覚として経験するにすぎない」
これが下條信輔氏が支持する命題です。
われわれのアクセス不能な情報処理は、「前注意過程」と呼ばれ、以下の四つの特徴があります。
- 刺激依存的(ボトムアップ)
- 自動的・盲目的 (意図や知識に関わらず起こってしまう)
- 局所的・並列的 (視野内のあらゆる狭い場所で、同時並行で処理される)
- 無意識的 (結果のみ体験できる)
この「前注意過程」が私たちの行動や判断に影響を与えることがさまざまな実験で証明されています。