『記憶はウソをつく』榎本博明(著)【レビュー】

『記憶はウソをつく』榎本博明(著)を読みました。

下條信輔氏の『意識とは何か』の2章を読んだのがきっかけで、記憶について正しい知識を持ちたいと思いました。

記憶とは、ハードディスクのように、脳のどこかにデータとして残っているものだと思っていました。

しかし、実際はそうではなく、記憶の断片や、その他様々な素材を組み合わせて、簡単に書き換えられてしまうものであるわかりました。

このことは、私にとっては、人生観を大きく変えなければいけないほどの事実です。

私は、過去の結果にもとづいて、今後の方針を決めることが多くあります。

しかし過去の記憶があてにならないのなら、過去を参考に将来を考えることは無意味です。

過去の事実というのは、何かの媒体に客観的なデータとして記録されているものを除けば、あてにならないという前提に立たねばなりません。

記憶は誘導される

幼児虐待の記憶は、精神科医の心理療法によって容易に誘導され、それによって子供から無実の罪を訴えられる親が多発しています。

被害記憶は、被害を受けた本人によって無意識に捏造されるのです。

具体的かつ鮮明で生々しい記憶であっても、実はそれが偽物であることは珍しくないのだそうです。

ショッピングモール実験

記憶が誘導されることを示した実験が、「ショッピングモール実験」です。

被験者は18歳から53歳の24人です。

被験者に申告してもらった子供の頃の3つの経験に、ショッピングモールで迷子になったという経験を加えます。

被験者と面談し、4つの経験のそれぞれについて、思い出したことを話すように求めました。

3つの実経験については被験者の68%がすぐに思い出しました。つくられた4つ目の経験についても29%が思い出しました。

2回目の面接でも、つくられた経験について25%が思い出したというのです。

ありもしない経験について、4人に1人もの割合で、その詳細な記憶を思い出すことができたのです。

思い込みの怖さ

強姦の被害者が自分のストーリーで犯人を断定した冤罪事件が紹介されました。

この被害者が証言した犯人は物的証拠もないのに、被害者の確信によって起訴され50年の刑が確定しました。

後に真犯人が現れ、犯人にしかわかりえない事実まで自白したのに、この被害者はそれを信じようとしませんでした。

頭で理解しようとしても拭い去ることのできないほどの強烈なイメージを自分の中につくり、記憶として焼きつけたのです。

一貫性という思い込み

支持政党が変わった人たちへにアンケートを取ったところ、9割が自分は支持政党を変えていないと回答しました。

自分の一貫性を保ちたいという本能から、9割という高い割合で記憶の書き換えが起こっていたのです。

まとめ

記憶というのはまったく当てにならない、時間が経ったものはなおさらそうであると納得しました。

記憶によって自分の感情や、行動までもが影響を受けるのはとてももったいないことです。

記憶にとらわれそうになったときは、常に現在に立ち返って考えるようにしようと思います。